
肺がんと向き合うために 編集 WJTOG広報部 (2004.3.15発行)
「インフォームドコンセントを受けるときに」
御注意
この記録は平成15年11月16日に大阪市のMIDシアターにおいてNPO西日本胸部腫瘍臨床研究機構が朝日新聞社と共催した市民公開講座「朝日肺がんフォーラム-肺がんと向きあうために」の討議録です.内容は平成15年11月16日の時点で最新のことが述べられていますが,その後新たな知見が加わり状況が変わっている場合もあります.統計学的な数字や根拠は複数にわたるものがあり,その中から講演者が適切と判断した報告や論文を引用しており,他の報告を一部異なる場合もあります.また限られた情報と時間内での講演であり,講演内容が十分に講演者の意を尽くしてわかりやすく述べられていないこともあります.より詳細なお問い合わせなどは、現在受診されている担当医の先生にお聞きくださることをお勧めします.
テーマ:肺がんと向きあうために
「インフォームドコンセントを受けるときに」
東海大学医学部医学科内科学系呼吸器内科学教授 江口研二
インフォームドコンセントとは堅苦しい言葉でいえば「患者さんと医療者との医療に関する対話と協力」です.ここでいう医療者とは必ずしもお医者さんを指すのではなく,看護師さんでもよいわけです.インフォームドコンセントの言葉の意味は「医療に関する医療者の説明と患者さんの理解,納得,選択,同意」ということです.具体的にわかりやすく理解していただくために例題をやってみましょう.
『70歳で工場勤務を退職されたKさんは,これからやっとのんびり生活しようと思っていましたが,その矢先に,息ぎれと頑固な咳が現れたため病院を受診したところ肺がんといわれました.治療は胸腔鏡下手術かレーザー治療が必要といわれ,おまけに大好きなタバコも厳禁といわれました.Kさんは肺がんと言われただけで頭が真っ白になってしまったのに,おまけに唯一の楽しみのタバコまで止めるようにいわれました.』
さて,あなたならどうしますか,という問題です.こういう状況は,実は我々の診療現場では毎日毎日起こっていることなのです.がん告知に関する世論調査が行われており,朝日新聞が2000年に,読売新聞が1999年に実施していますが,どちらも8割近くの方が「自分ならがんだと知らせて欲しい」と答えています.10年前の調査より確実に10〜20%増えており,皆さんが不利な情報もしっかりと教えて欲しいと思っておられる状況が浮かび上がってきます.また,医療者の方も,平成13年に文部科学省による医学・歯学教育のコアカリキュラムの改訂があり,この中にインフォームドコンセント(説明,理解,同意)が含まれています.逆に言うと,つい最近まで,インフォームドコンセントということが医学教育の中で考えられていなかったということもでき,まだまだ医学教育に改良の余地があると考えられます.では,日本の医療の中で,インフォームドコンセントがどういう扱いであったかというと,1970年に北里大学の唄孝一先生が著書の中で初めてインフォームドコンセントについて述べられています.その後1985年に厚生省が,1990年に日本医師会が取り上げていますが,こうしてみると日本におけるインフォームドコンセントの歴史というのはたかだか十数年しかないのです.ただこの十数年の間に,医療者の中にも,そして患者さんの中にもインフォームドコンセントという言葉がだいぶなじんできたということでしょう.実際に1995年には厚生省の諮問機関で柳田邦男先生が座長になって「元気のでるインフォームドコンセント」というものが中央法規という出版社からでています.これを読んでみますと,インフォームドコンセントというのは医者のためだけのものでもなければ患者のためだけのものでもない,医者と患者が協力関係をもって病気に向かい合う姿勢を提言しています.また,社会一般の方に対して,医学の進歩,病気の内容について自分自身が関心を持って関わることが提言されています.日本では専門家の方々がインフォームドコンセントを法制化していないことがいけないと言われていますが,実は,医療法,医師法や民法に該当条項がありますし,日本医師会や厚生省諮問委員会の指針(ガイドライン)もあるわけです.
ただ,インフォームドコンセントをするといっても臨床現場ではなかなか難しくて,患者さん個々の価値判断が違います.医療者も患者さん個人個人の価値観を知ることが重要となってくるわけです.ここで,また例題を取り上げてみましょう.例えば,ある治療を受ければ1週間延命できるならば受けるという人と,2年延命できても受けないという人がいるでしょう.抗がん剤でいえば,副作用が軽ければ延命効果が4ヶ月であっても受けるが,副作用が重ければ延命効果が1年でも受けない場合があるでしょう.また3カ月延命できるなら積極的に治療を受ける人もいれば,3ヶ月程度なら治療を受けないで様子をみる人もいるでしょう.社会的な立場や家庭の問題も様々です.ですから治療法は医療者が独断で決めるのではなく,患者さん個々の状況から適切なものを相談して決めます.不利益な情報も明らかにした上で現状の治療目標をどう設定するか,話し合う必要があります.もう一つ,カルテ開示の問題があります.今世間ではすべての患者さんにカルテ開示をしなさいという意見もありますが,1999年の読売新聞のアンケート調査では,カルテを見たい人が64%いる一方,カルテをみたくないという人も34%ありました.カルテをみたくないと思っている人にまで法制化して無理矢理カルテを見せるのもどうかと思います.いずれにしても医者の考えていることと患者さんの思っていることには必ず「ずれ」があるはずですから,その「ずれ」を埋めるのがインフォームドコンセントだと思っています.10年ほど前に厚生省の研究班の仕事でインフォームドコンセントについて研究したことがあります.医師と患者さんそれぞれにアンケートを行って,インフォームドコンセントの内容が一致するかどうか調べました.その結果,病名とか臨床試験とかは非常に一致しまして,医師が説明したことを患者さんが理解していたことになります.一方,抗がん剤の名前とか,比較試験というような言葉は医師が説明したことと患者さんが聞いたことにずれがみられました.したがって医師の方も,単に説明をすればよいのでなく,患者さんが理解できるように説明する必要があるのです.また,がんの場合ですと,あとどのくらい生きられるかといったような,患者さんに不利な情報もどのように説明するかという問題があります.これは本にいろいろ書かれていますが,
1)患者さんの聞きたいことは何かをよく把握し,
2)医療の不確実性を明らかにすること(医療や病気に100%とか「絶対に」ということはあり得ないので,不確実であるが可能性が高いと説明する),
3)いろいろな場合を想定し,良い予想と悪い予想を伝える(5年生存率70%という治療があっても,患者さん自身にとっては生死は100%か0%かどちらかである),
4)現状での治療目標は何か(いつまでに,どこまで)
ということを説明するのがポイントです.
では次の例題を考えてみましょう.
『60歳で定年退職した元公務員のYさんは,健康診断で肺に影があるといわれました.さて,どこの病院にかかったものやらと思案し,長いことかかりつけのN医院に相談したところ,うちで診てあげますよと言われました.N先生の専門は何かよくわからないが(実は消化器が専門だったらしい),親切な先生なのでレントゲンをとって診てもらったところ,何でもないですよといわれました.Nさんは「ああ,よかった」と胸をなで下ろして帰ったわけです.』
さて,あなたならどうしますか.いろいろな考え方があると思いますが,大切なことはいかにして病気や医療に関する情報を手に入れるかということです.インターネットで健康や病気に関するウェブサイトで調べたり,本屋で本を調べたり,極端な例ですが地域によってはテレビ電話を使った医療相談もあります.
患者さんがインフォームドコンセントを受ける際,聞いておく必要のあるポイントは,
1)病名や現在の病気の状態,
2)無治療だと不都合なことは何か,
3)治療の意味と内容,他の治療法はあるのか,
4)その治療で得なことと損なこと,
5)生活上の注意,習慣や持病について,
6)今後の見通し,
などです.あらかじめ聞きたいことをメモしていく,また医師の説明をメモしてもらうのもよいでしょう.医療者と患者さんがお互い協力関係で診療にあたることが,よりよい医療につながると思います.
個人または病院で患者さんのために情報提供するために利用するのは構いませんが,書籍,雑誌等への蔵書の無断転用はご遠慮ください.
WJTOGではできるだけ多くの皆さんにがん情報を提供すべく,市民公開講座のビデオを作製し配布中です.
(平成16年12月1日)