WJTOG図書室 蔵書No.05-5

〜肺がんの標準治療と最新治療〜 編集 WJTOG広報部 (2005.1.15発行)

おれは陽気ながん患者〜私が闘病から学んだこと〜


御注意
はじめに
 この記録は平成16年11月23日に大阪市のMIDシアターにおいてNPO西日本胸部腫瘍臨床研究機構が朝日新聞社と共催した市民公開講座「朝日肺がんフォーラム-〜肺がん患者さんと向き合うということ〜」の討議録です.内容は平成16年11月23日の時点で最新のことが述べられていますが,その後新たな知見が加わり状況が変わっている場合もあります.統計学的な数字や根拠は複数にわたるものがあり,その中から講演者が適切と判断した報告や論文を引用しており,他の報告と一部異なる場合もあります.また限られた情報と時間内での講演と質疑応答であり,回答者の答えが十分に回答者の意を尽くしてわかりやすく述べられていないこともあります.より詳細なお問い合わせなどは、現在受診されている担当医の先生にお聞きくださることをお勧めします.


演 題:おれは陽気ながん患者〜私が闘病から学んだこと〜
演 者:山中 恒(児童文学作家)

 皆さん、こんにちは。3人の非常に優れたドクターのお話の後でお邪魔虫のように私が出てまいりました。私はドクターではありませんから、図表を示してこれはこうだとは申し上げられません。先生方のお話を聞いていて、ある部分で非常に安心した反面、簡単にはよくならない、痛みが伴うと福岡先生に言われるとえらいことだとも思います。ドクターも今の医学では完治するとは明言できない。でも手術した後にドクターから「完治したわけではありませんからね」とはっきり言われると、「完治するように治療してくれないなんてけしからん」とひねって考える、そういうことが多い。
 きょうのフォーラムは肺がんについて企画されていますが、実際に肺がんの患者さんが多くなっています。
 私ががんになってかれこれ20年近く経ちます。その頃のがん治療は今日のがん治療のお話をうかがっていると雲泥の差です。生き延びないことには残念ながらいい治療が受けられない。こうなったら、がんになろうとも何であろうとも生き延びることが大事です。僕はがんになった当時、絶望的な思いでした。
 実は私の家内の父親が喉頭がんでした。がんだと言われて、さあどうしようか。たまたま名大医学部にハセガワ先生という方がいらっしゃって相談すると、「がんをきちんと治療するお医者さんはいっぱいいるけれども、ある程度治療の機械のレベルの高さがかなりモノをいうと思う。その点では愛知がんセンターが一番クオリティが高い」とおっしゃったので、愛知がんセンターに行きました。
 その頃、今でもそうですが、愛知がんセンターの目の前は平和公園で一部が墓地になっています。がんセンターに行けと言われたとき、「帰るときには戒名か」とみんな覚悟したと言います。そのときにおやじさんも偉かったが、お母さんも偉かったですね。帰ってきていきなり「がんだからがんセンターに行きや」と言ったので、おやじは「はいはい」と言ったというのですから。その娘が私の家内です。
 私の検査結果を家内が聞きに行って、「どうもがんの疑いがある。これはご主人に言わないほうがいいですよ」とドクターが言ったにもかかわらず、その場で電話を寄越したんです。僕は仕事の真っ最中で、なんで電話を寄越したんだろうと思いながら受けてみたら、「あんた、がんだからね」と言っただけでがちゃんと切れた。こちらにしたら生きた心地がしませんよ。今から考えると、俺は何も悪いことをしていないのにがんだと言われて、頭の中が真っ白になってしまって。子供たちは学校に行っているし、うちには誰もいない。動物園の熊が檻の中を行ったり来たりするように部屋の中をグルグルグルしながら、女房が帰ってくるまで気が気ではない。「検査してから一月経っている。即刻言ってくれなきゃ。もしこれが進行がんだったらどうするの」とかみつかれました。
 ちょうど朝日新聞の仕事をしている最中だったんですね。朝日新聞の新社屋が築地にできたときに私は招待されて行きました。あれは4階だったと思いますが、そこから外を見ると真正面にちょっと古いビルがあって、「あれは何ですか」「国立がんセンターです」「その向こうにあるのは何?」「あれは築地本願寺だよ」。これはどうも組み合わせがよくないなあ。「あそこに入ったら終わりだろうなあ」と冗談を言っていたら、何とその部屋へ入れられて、朝起きてカーテンを開けると向こう側に朝日新聞があります。今度はなるべく築地本願寺を見ないように努力しました。

 幸いにして僕のがんはそれほどひどくなくて、割に早期発見だったので簡単に済みました。ほとんど同じ時期に俳優の松田優作さんも、『巨人の星』のテーマソングを作曲された渡辺岳夫さんも同じがんでした。後でうかがってみると、実は松田優作さんは発見と同時にもう進展して「べたーっ」と中に入り込んでいた、渡辺さんの場合もそうでした。僕のは逆に「ぴゅっ」と出ていたから摘めばよかっただけで、これが「べたーっ」と入っていたら助かっていません。たまたま命に別状ないよと言ってもらえたからよかったけども、そうでなければたまらないと思いました。
 当時そこに入院していても、患者の中から「なんでがんセンターという名前を付けたんだろうなあ。がんセンターというとみんな哀れな目つきで見舞いに来るじゃないか」。「そんなことをいうなら、エイズセンターにしてごらん」。がんセンターだからかわいそうだと見舞いに来てくれる。エイズセンターにするとみんな怖がってそばに寄らないよ。だからがんセンターのがんはわかりやすく平仮名でがんと書いてあるんだよ。
 当時、がんは遺伝ではないかと言われていました。ですからがんセンターに入院していながら、海外視察に出かけていることにしている経営者の方もいました。
これもまたおもしろいことに、皆さんがんです。がんセンターにはがん以外の患者さんは来ないわけですが、みんなぷかぷかタバコを吸いながら碁を打ったりして、煙がもうもうとしているところが実は談話室だったりしました。今はそんなことないと思いますが。 必ずしも家族にだまされることはないのですが、がんだと聞かずに入院してきた患者がいると、他の患者が教えるんです、「良性の胃潰瘍でこんな所にくるわけがないじゃないか。がんセンターだからがんだよ」。ものすごく落ち込むけども、周りを見渡すと俺は何回切ったという強者(つわもの)どもが多くて、あきらめるんですね。
きょうのドクターのお話でおわかりのように、手術の技術も上がってきているし、抗がん剤も非常に優れてきています。それはそれで安心です。問題はそれを早く見つけることですが、これがまた難しい。集団検診をみんな嫌がるけども、集団検診が全部見つけてくれると思うとそれも大間違い。集団検診で見つけられない人もいます。「何のための集団検診だ、訴えてやる」と脅す人が出てきてしまう。
がんの治療にはそれぞれの個性があって、洋服でいうとオートクチュールというものですね。太めの人はやや細めに見えるように、細めの人はゆったりめに、足の短い人は長く見えるように、それぞれの体型に見合ったドレスをデザイナーが作るように、ドクターもそれぞれのがんによって違います。それを見極める必要があると思います。ドクターの腕は長い経験がものをいうのか、勘がものをいうのか、こればかりは僕らにはわかりません。その腕のいいドクターにたどり着くまでが問題です。
 私は大したがんではなかったのですが、がんセンターの診察券をいつも持っていて、嫌な仕事だと「悪いけども俺は通わないといけないから嫌だよ」、先方もそうかと言ってあきらめてくれます。嫌な仕事を断るときに診察券を振り回したという悪癖があります。
 がんはほんとうに恐ろしい病気だと思い込んでいる人たちが非常に多い。がんセンターのドクターに聞くと「がんも怖いけども急性肝炎のほうがもっと怖いよ」。肝炎を扱っている同級生のドクターに聞くと、「毎日道を歩いているときに自動車に気をつけたほうがいいよ。女房がひかれてね」。みんなそれぞれに怖いものがあって、世の中に生まれてきたからには危ないことは山ほどある。
 がんになったのも自分の人生の中の一つの時期。例えばここからここまで就職したみたいにがんになったんだから、これを痛めつけて何とかしようというのではなくて、それを見ながらQOL(quality of life)、質の高い生活を常に頭の中に入れながら、病気とともにじっくり自分の人生をこれからどうしようかと。私自身の経験から言えば、がんは怖いという意識が強かったので、がんのことばかり気にしていたら、なんと心筋梗塞で倒れてしまいました。人間は意識を一つのことに集中させると他を忘れてしまいます。ところがその心筋梗塞で心臓をやると、これもまたがんとのかかわりが出てきます。そのへんが難しい。別にタバコを吸うなとは言いませんが、タバコはまずいだろうなあ、多少抑えておいたほうがいいでしょうね。

 きょうここで先生方はとてもよいお話をされましたが、これを100%おわかりになった方はおそらくいないという気がします。私はしつこいくらいがんの勉強をさせられましたから、どういうことかをほとんど把握できましたが、病気の学問はものすごく難しいです。でもここでお話をされたすばらしい先生方のところに診てもらいに行けます、紹介状と保険証があれば。昨日やっと国家試験に通ったばかりの何だか危なっかしいドクターにも同じように診てもらえます。でもその場合には紹介状は要りません。
 紹介状は何も立派な病院でなくても書いてくれます。風邪になると駆けつけているようなしょっちゅう通っている病院があれば、実はこうだけど、こういうのを調べてもらいたいから、この先生あての紹介状を書いてくれと。できることならインターネットなどで調べて希望する先生に持っていく紹介状を書いてもらうのが一番です。
 紹介状を持参した患者を診るというのは約束事ですから、嫌だとは言えません。順番を待たされることはあるかもしれませんが、普通に申し込むよりは早くドクターの前に座れると思います。ドクターにたどり着くまでが皆さん不安です。ですから医療コンサルタントでもないのに僕のもとにいつの間にかこうだああだという相談がきます。やむをえずこうやったらどうか、ああやったらどうかと。私の近所でいろいろな情報を持っているドクターがいるので、そこを紹介ついでにそのドクターにいろいろなことを言いなさいと。そうすると判断してくれます。
 それから、ここが痛い、あそこが痛いという患者からの訴えがないと、医者は勝手に患者を診ることができません。厚生労働省はなるべく医療費を抑えようとしますから、余計なことをするなと言います。患者の言ったことに対してドクターは答えなければならないけども、聞かないことには先生方も忙しいのでそのチャンスもない。いい先生は積極的に言うかもしれませんが、そうだとすると、こちらからここが痛い、あそこが痛い、こうなるんだということを言わないかぎりだめです。
 会社の中で「実は調子が悪くてね」と言った場合、同僚は「ここのところ忙しかったからね」とは言ってはいけないんです。本人が調子が悪いと言ったときにはかなり調子が悪い。だったら行けよと周りから言わないといけないのに、休めば何とかなると言って休んだときには棺桶ですよ。それではしようがない。そこへ行くまでは普段のかかりつけのドクターを使わないと損です。そのドクターにレベルの高い医療機関や検査機関を紹介してもらいます。
 ここで大学の先生の悪口を言う気は全くありませんが、大学病院は総合ですから検査室を各科が使ってなかなか順番が回ってこない。つらいところがあります。そういう意味では専門病院のほうが回ってくる確率が高い。そういうことも考えながら相談することですね。
 相談するときには一人で行ってはだめです。やはりご家族と一緒がいいですね。ご家族は本人とは別にメモ帳を持って、ドクターが何を言ったか、本人が何を訴えたかも冷静にちゃんと控えて記録しておかないとだめです。ドクターが説明されたことについても向こうのメモもちょうだいしておきましょう。ドクターの前で「はいはい」と相槌をしていると、ドクターはわかっているだろうと思ってしまいます。でも実は何もわかっていないという状況があります。
 ドクターの悪口になりますが、ドクターになる人たちは激しい受験戦争を戦い抜いてきているから、受験国語しかやっていない、日本語がよくわかっていないのではないか。医者は医者語でしゃべっているから、俺たちにわかるはずがない。みんなそうだと言ってくれます。それから患者はお医者さんの前に出ると、お代官様の前に出たお百姓さんのように、何も言わずに聞いています。そうではなくて、こちらから聞きたいことを言わないといけない。セカンド・オピニオンの話が出ましたが、先生がこう言っているけども別の答えがあるんじゃないか、よそに聞きに行くと気を悪くするんじゃないか、戻ってくると診てやらないと言うのではないか。もしそんなことを言う医者なら二度と行くことはない。やはり申し上げましょうよ。自分はどういう治療を受けたらいいかということを自分のほうから積極的にもぎ取っていかないとだめです。

 僕はいろいろな方を紹介しましたが、かなり重いがんであっても生き延びる人は不思議なことに運を自分に引き寄せます。何が何でも生きるという感じで、いろいろな人からどんな情報でも一生懸命聞いています。そうすると困ったことに変なことに、がんのドクターよりがんに詳しい患者ができあがって、偉そうに先生に「これは抗がん剤でも治るよ」とレクチャーしたりします。そうすると先生は勝手にしろという気分になって「お前の好きなようにしろよ。そのとおりにしてやるから」と言われると、今度は困ってしまいます。
 ドクターとの信頼関係でがんを治していくと考えていかないと、一方的なことではだめだと思います。この後のシンポジウムでは先生方からもっと具体的ないろいろなお話が聞けると思いますが、きょうはこれからがんになる方々のために心構えとしてこれだけのことを覚悟しながら……。別にがんを志願するわけもなく、覚悟と言えばものすごく重大になりますが、長い人生の一コマにたまたま偶然めぐり合ったと思って、落ち込まないで、憎まないで、ゆっくり付き合いながら治していきましょう。そう考えていただきたいと思います。
偉い先生方の最後に落語みたいなことを言いましたが、実はそれを基本的に踏まえていないと、これから先が不安だと思います。きょうインフォームド・コンセントの話やセカンド・オピニオンをどうしたらいいかという話が出ましたが、僕らの頃はそういう日本語を知らなかった時代でした。それでもドクターはインフォームド・コンセントをやってくれました。こちらからわからないことをいろいろ聞きましたし、向こうもそれを教えてくれました。やはり聞かないといけない。そういうドクターとの信頼関係で病気を治していきます。
 ドクターもわかるそうです。診察の席に着いたときに、この人と後でトラブルになるんじゃないかなという目つきで見ていると必ずそうなると言います。それは困るし、永六輔さんは、「僕は患者として一番と思うくらいドクターに協力的だったしナースにも協力的だった。でもナースはいい点をくれなかった。あんたはやかましいと言われた」。そういうこともありますが、なってしまったものを切り取って捨てるわけにはいかない。それはドクターにお任せするにしても、 100%切り取って捨てることは不可能だと。5年の寿命の人に再発が10年後に出てきても問題ないけども、5年の人に5年で出てくるとそうかと。その間の問題があるにせよ。
 がんになる因子をみんな持っていて、それが出るか出ないかという問題です。昔はそのことを特別に思っていましたが、もうそろそろ麻疹(はしか)になるかもしれないよというくらいに覚悟したほうがいいかもしれない。それくらいの気持ちになって。
 私の場合、退院するときに「もう大丈夫だろう。これで好きなことができる」と思っていたら、天皇の前立腺がんを手術した前の垣添総長が「安心してはいけないよ。この次に出るときには質(たち)の悪いのが来るよ」と言われて、怖くてうかつにはできないと思いました。それはそれで、がんのことばかり気にしていたら生活できません。ある程度こういうものだという意識を持っていれば対応がいろいろできます。
 皆様方はこのように熱心にお話を聞いているのですからすごいなあと思います。それくらいがんに対する思いがあると思います。この後のパネルにも参加させていただきますが、最後に皆様方に変なお笑いなどを申し上げて申し訳ありませんでした。ありがとうございました。

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WJTOG市民公開講座収録ビデオ配布中!!

WJTOGではできるだけ多くの皆さんにがん情報を提供すべく,市民公開講座のビデオを作製し配布中です.

(平成16年12月21日)